東京地方裁判所 昭和61年(特わ)1371号 判決 1987年12月24日
主文
被告人株式会社甲エンタープライズを罰金二四〇〇万円に、被告人有限会社乙を罰金二七〇〇万円に、被告人Aを懲役一年二月及び罰金一七〇〇万円にそれぞれ処する。
被告人Aにおいてその罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人株式会社甲エンタープライズ(以下「被告会社甲エンタープライズ」という。)は、東京都港区赤坂○丁目○○番○○号(昭和六〇年七月一二日以降は滋賀県大津市苗鹿○丁目○○番○○号)に本店を置き、特殊公衆浴場の経営等を日的とする資本金三〇〇〇万円の株式会社、被告人有限会社乙(以下「被告会社乙」という。)は、同市苗鹿○丁目○○番○○号に本店を置き、特殊公衆浴場の経営を目的とする資本金三〇〇万円の有限会社、被告人A(以下「被告人」という。)は、被告会社甲エンタープライズの代表取締役(ただし同五七年五月二四日以降は同会社の実質経営者)及び被告会社乙の代表取締役(ただし同五七年五月二四日以降は同会社の取締役)として右被告会社二社のそれぞれの業務全般を統括するとともに同市苗鹿○丁目○○番○号において特殊公衆浴場「丙」を、同市苗鹿○丁目○番○号において特殊公衆浴場「丁」をそれぞれ個人で経営していたものであるが、被告人は、
第一被告会社甲エンタープライズの業務に関し、法人税を免れようと企て、売上を除外するなどの方法により所得を秘匿した上
一昭和五五年一〇月一日から同五六年九月三〇日までの事業年度における被告会社甲エンタープライズの実際所得金額が一億二九六二万八七三〇円あつた(別紙1修正損益計算書参照)のにかかわらず、同五六年一一月三〇日、東京都港区西麻布三丁目三番五号所在の所轄麻布税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が二七七八万二八五円でこれに対する法人税額が一〇二七万三〇〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(昭和六一年押第七三四号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、同会社の右事業年度における正規の法人税額五三〇四万九二〇〇円と右申告税額との差額四二七七万六二〇〇円(別紙6(1)ほ脱税額計算書参照)を免れ
二昭和五六年一〇月一日から同五七年九月三〇日までの事業年度における被告会社甲エンタープライズの実際所得金額が一億一一九八万六三三七円あつた(別紙2修正損益計算書参照)のにかかわらず、同五七年一一月一九日、前記麻布税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が一五六五万三五五八円でこれに対する法人税額が四五二万三九〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、同会社の右事業年度における正規の法人税額四四九八万三八〇〇円と右申告税額との差額四〇四五万九九〇〇円(別紙6(2)ほ脱税額計算書参照)を免れ
第二被告会社乙の業務に関し、法人税を免れようと企て、前同様の方法により所得を秘匿した上
一昭和五五年五月一日から同五六年四月三〇日までの事業年度における被告会社乙の実際所得金額が一億九六〇三万五二〇二円あつた(別紙3修正損益計算書参照)のにかかわらず、同五六年六月三〇日、滋賀県大津市中央四丁目六番五五号所在の所轄大津税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が三二六六万一九七八円でこれに対する法人税額が一二五四万三一〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、同会社の右事業年度における正規の法人税額八一一六万二〇〇円と右申告税額との差額六八六一万七一〇〇円(別紙6(3)ほ脱税額計算書参照)を免れ
二昭和五六年五月一日から同五七年四月三〇日までの事業年度における被告会社乙の実際所得金額が八一四四万四三三三円あつた(別紙4修正損益計算書参照)のにかかわらず、同五七年六月二八日、前記大津税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が一五六六万八二九七円でこれに対する法人税額が四九三万三四〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の4)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、同会社の右事業年度における正規の法人税額三二五五万九三〇〇円と右申告税額との差額二七六二万五九〇〇円(別紙6(4)ほ脱税額計算書参照)を免れ
第三自己の所得税を免れようと企て、特殊公衆浴場「丙」及び同「丁」の売上を除外するとともに、これら両店の事業所得につき他人名義の所得税確定申告書を提出するなどの方法により所得を秘匿した上、昭和五六年分の被告人の実際総所得金額が一億四六二四万四三一九円あつた(別紙5修正損益計算書参照)のにかかわらず、同五七年三月一五日、前記麻布税務署において、同税務署長に対し、その総所得金額が六一八七万三〇八九円でこれに対する所得税額が一一三四万五四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の8)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、被告人の昭和五六年分の正規の所得税額七一二四万七五〇〇円と右申告税額との差額五九九〇万二一〇〇円(別紙6(5)ほ脱税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)<省略>
(争点に対する判断)
弁護人らは、被告会社二社及び被告人が支払つた
① 会津△△会B組組長Bあての一か月五〇万円(昭和五五年五月から同五七年九月まで)
② 稲川会○○一家C組組長CことDあての一か月一〇〇万円(昭和五六年二月から同五七年九月まで)
③ 会津△△会二代目××組組長Eあての一か月三〇〇万円(昭和五五年五月から同五七年九月まで)
の各金員は、各店舗が各暴力団員や酔客から営業妨害やいやがらせを受けることを防止ないし抑制するための警備費ないし環境保全対策費とでも呼ぶべきものであるから、営業を行ううえで必要有効な支払であつて、それぞれ被告会社ら及び被告人個人の営業にかかる四店舗に共通に生じた費用であり、被告人の事業所得については、所得税法三七条一項の「必要経費」となり、被告会社らの所得については、法人税法二二条一項の「損金」に該当する旨主張する。
そこで検討すると、被告人及び証人Dの当公判廷における各供述、被告人(第四回、第五回)及び証人F(第七回)の公判調書中の各供述部分並びに証人B及び同Gに対する当裁判所の各尋問調書等の関係証拠を総合すれば、被告人が所論の各組長らに所論の金員を支払つた事実は認められないではないが、もとより受けとつたと証言する者において領収書等を交付した事実はなく、使途も明確でないうえ、同人らが収入として税務申告をしたこともないこと、他方、支出したとする被告人や被告会社らにおいて、その支出を帳簿類に明らかにしているわけでもなく、本件各対象期等の税務申告上もこれらを必要経費ないし損金として申告した事実もないのであるから、右金員の支出自体多分に疑わしいのであるが、仮に、右証人らの証言どおりの金員支出の事実があつたとしても、被告人がB組長及びE組長に各支払つた金員は、被告会社二社及び被告人の経営していた特殊公衆浴場の警備を依頼する等の特定の契約に基づく支出ではなく、店の営業を妨害されたり、従業員等に危害を加えられることを恐れた被告人が、雄琴地区を縄張りとしていたB組及び××組に対し、このような事態が生じないように自分で金額を決めて渡していたものであること、本件当時、雄琴地区の特殊公衆浴場の経営者の中には、被告人の本件金員のような月々の支出をしていない者が存在していたこと、前記①ないし③の各金員の支払は、昭和五七年一〇月以降行われていないが、各被告会社及び被告人経営の各店舗は、暴力団から特にいやがらせを受けたことはないこと、また、C組長と被告人は、同人が東京で特殊公衆浴場の従業員として稼働していたころからの知り合いであるところ、被告人がC組長に支払つた金員は、Cが組長に昇格したことから組の運営資金として金を渡すように要求し、被告人は、Cに対する義理や、店で問題が生じた場合には同人に解決方を依頼できる場合もあるかと考えて、不承不承支払つていたものであること、等の事実が認められる。
以上によつて右①ないし③の各支出が所得税法上の必要経費に該当するか否かを考えると、同法三七条一項所定の必要経費とは、客観的にみて事業の遂行上必要な費用に限られるべきところ、右①ないし③の各金員の性質は、特定の給付又は役務の提供に対する対価としての意味を持たないものであるから、所論のように警備費ないし環境保全対策費たる性質を持つものではなく右の対価関係を持たない寄付金類似のいわゆる上納金であると認められ、したがつて同法所定の必要経費にあたらないし、かつ同法七八条及び租税特別措置法四一条の一五所定の寄付金にも該当しない。また、法人税法上の損金に該当するか否かを考えるに、右認定によると、本件組長らに対する支出は、被告会社らの業務の遂行上必要な警備費又は環境保全対策費とはいえないものであることが明らかである。もつとも右支出は、法人税法三七条所定の寄付金に該当するもののようでもあるが、右認定によれば、右金員は、右組長らに対し、被告会社らの名において交付されたものではなく、被告人が個人的な右組長らとの交際において、被告会社らの金員を流用して上納金として支出したに過ぎないものであり、被告会社らの確定決算上も、これを寄付金、きよ出金、見舞金等の費用として経理していないことにも徴し、同条所定の寄付金にもあたらないというべきである。そして、法人税法は、法人所得の計算上損金に算入し得る額につき、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算されると定めているところ(同法二二条四項)、本件の如き支出は、右基準に照らしても法人の費用又は損失として認容すべきでないものといわなければならない(暴力団への上納金を損金として認容するとすれば、国が企業を介して暴力団に補助金を出す結果を是認するもので、到底容認し難い。)。したがつて、前記各金員は、所得税法三七条一項の必要経費及び法人税法二二条一項の損金のいずれにも該当しないと解するのが相当である。
よつて、弁護人の主張は採用できない。
(法令の適用)
一罰条
1 被告会社甲エンタープライズ
判示第一の一及び二の各事実につき、法人税法一六四条一項、一五九条一、二項
2 被告会社乙
判示第二の一及び二の各事実につき、法人税法一六四条一項、一五九条一、二項
3 被告人
判示第一の一及び二並びに第二の一及び二の各所為につき、法人税法一五九条一項、判示第三の所為につき、所得税法二三八条一、二項
二刑種の選択
被告人の判示第一の一及び二並びに第二の一及び二の各罪についていずれも懲役刑を選択、判示第三の罪について懲役刑と罰金刑を併科
三併合罪の処理
1 被告会社二社
いずれも刑法四五条前段、四八条二項
2 被告人
刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第二の一の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条一項
四労役場留置
刑法一八条
(量刑の事情)
本件は、特殊公衆浴場の経営等を目的とする被告会社甲エンタープライズ及び同乙の各代表取締役又は実質経営者であり、かつ、個人でも特殊公衆浴場を経営していた被告人が、各浴場の従業員に指示して、被告会社甲エンタープライズでは、入浴料の自動延長料及び追加延長料を全額除外するなどして、二事業年度分合計で八三二三万円余の、被告会社乙では基本入浴料の全額除外並びに自動延長料及び追加延長料の各二分の一を除外するなどして、二事業年度分合計で九六二四万円余の各法人税を、被告人個人経営の「丁」では、入浴料の自動延長料及び追加延長料の全額を除外し、同じく「丙」では入浴料の自動延長料及び追加延長料を全額除外するとともに、基本入浴料を一部除外するなどして、昭和五六年分の所得税五九九〇万円余をそれぞれ免れたというものであつて、その各ほ脱税額はこの種事犯に比して決して少額ではなく、そのほ脱率も、被告会社甲エンタープライズが約84.9パーセント、同乙が約84.6パーセント、被告人の所得税につき約八四パーセントといずれも高率である。その犯行の動機は、特殊公衆浴場業以外への投資資金、暴力団関係者との交際の資金、高級クラブでの飲食費及び勝馬投票券購入等の遊興資金並びに家族の海外旅行費用等を得るためなど、専ら私的欲求を満たすためというのであり、特に酌むべき点は認められない(弁護人は、本件犯行の動機の一つとして、被告人が店舗の賃貸人から求められた多額の裏家賃を捻出しなければならなかつたとの点を挙げるが、この点は、本件訴訟において損金として認容されて起訴されており、したがつて、ほ脱所得には含まれておらず、しかも、被告人は、右裏家賃の金額をはるかに上回る額の売上除外を指示したものであつて、これを被告人にとつて有利な事情とみるわけにはいかない。)。ほ脱の具体的方法も、被告人自ら実際の売上票を基に売上除外分と公表分とを区分して、これを従業員に指示・徹底させ、右実際の売上票は廃棄することとし、各店の店長が作成する毎日の実際のホステス別入浴客数・延長数等を記載したリスト表は公表売上額に合わせて改ざんして申告に符合するように証憑書類を整備していたもので、その手口は計画的かつ巧妙であり、犯情は悪質である。加えて、被告人は国税当局による査察開始後、同和関係者に依頼して、本件が少額の修正申告で終了するように工作したり、顧問税理士とともに国税局あて多数の内容虚偽の上申書をねつ造して提出したりし、更に、本件が検察庁に告発された後も、顧問弁護士及び顧問税理士らとともに元従業員、暴力団関係者ら多数をして、被告人から多額の支度金、飲食代等を受領したとする内容虚偽の上申書をねつ造して検察庁あて提出するなどして捜査の進展を妨害したこと、本件ほ脱所得の殆どは特殊公衆浴場の経営によつて得られたものであり、被告人は右特殊公衆浴場の特殊性を強調し、暴力団員との関係を続けてきたものであり、また、右業界から撤退してもいないこと、被告人には詐欺罪により懲役刑(執行猶予付)に処せられた前科があることなどの点をも併せ考えると、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。
他方、被告人は本件を反省し、両被告会社及び被告人に対する税額の更正処分に対する異議申立てないし審査請求をすべて取下げ、金融機関から借入して各本税を完納し、未納付分の附帯税についても分納で完納する旨述べていること、不正行為ないし罪証隠滅工作に関係した顧問税理士及び弁護士を解任し、両被告会社の各代表者は新たな顧問税理士の指導の下にきちんと法人税の申告納付を行う旨述べており、被告人も今後の申告納付に遺憾がないようにするとの意向を表明していること、被告人の個人経営だつた「丁」は閉鎖し、「丙」は有限会社丙の経営となつたこと、被告人は自分が世話になつた福祉施設の代表者及び児童に対し、相当額の援助をしていたこと、その他被告人の生育歴及び家庭の状況等、被告人のために斟酌すべき事情も認められるので、これらを総合勘案して、主文のとおり刑の量定をした。
(求刑 被告会社甲エンタープライズにつき罰金二八〇〇万円、被告会社乙につき罰金三〇〇〇万円、被告人につき懲役一年六月及び罰金二〇〇〇万円)
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官小泉祐康 裁判官中野久利 裁判官鈴木浩美)
別紙<省略>